はぁ…良い天気…

だな

やはり、凄いロケーションの研究室だね

だな

眼前に広がる大海原…およそ研究室とは呼べん…まるで高級ホテルのスイートルームだ…

………うむ




ウチヒサの話を軽く流しながら、広辞苑程もありそうな分厚い本に目を落とすトリシュ




…………これが取扱説明書ってんだから、どーゆー頭の奴が作ったのか少しは分かるが…開発者は誰なんだろうか…

えっ、そこ!?そこはさぁ、もう良いよ
開発者の頭もぶっ飛んでるけど、マザーの凄まじさはさらにぶっ飛んでる…


逆だよ。もう「それ」は「それ」として、受け入れるしかないし、理屈は分からないが「そうなる」んだと、心で理解するしかない


心で!?「どんな異生物同士の精子と卵子でも、細胞分裂までは促進させる」っていう機能を、心で!?
異生物同士の「受精卵」を創り出す機能だぞ!?
チートそのモノだ、あり得ない、理解出来ない…
マザーの付属機能とか書いてあったけど、マザーとは別物だよ、これは…言うなれば「イヴ」だ…


君がどう考えどう思おうが、この世界には、人間の理解の範疇を超えた現象はいくらでもある


お前には嫁がいて、俺には彼女すらいない、って事か?



……………………これ、世界に発表したら、何の賞を頂けるのかね?


賞の前に「マザー学」っていう学問が立ち上がると思う…いや、既に立ち上げたい


なる程…確かに…


「ライオン」に入るなら、マザー使わせてあげるよ!って言われて、二つ返事で入ったけどさ…



その先は言わなくて良いよ…



………



ちゃんと、マザーの根底まで聞いてから来るべきだったよね…

いや、それは聞いたじゃん。謎、って言ってたじゃん



………いや、ゴメン、そうだね。せめて、取扱説明書くらいは読ませて頂きたかったね…














取扱説明書の最後に、開発者であろう人物の手書きで「現時点、マザーでは、生命を誕生させる事は出来ない」

という文言が、殴り書きで記されている














天気の良い昼下がり

ポカポカの窓辺で、溜め息をつく「世紀の天才」2人


「マザー」が設置される研究室と6人の助手を与えられ、機密研究機関ライオンから、遺伝子操作による新生命体「キメラ」の創造を依頼された2人



6人の助手の中の1人が、2人ににこやかな笑顔を向ける



先程の溜め息より、もうすこし大きい溜め息をつく2人















なぜ「世紀の天才」である2人が、怪しい研究機関「ライオン」などにわざわざ来たのか?



話は、2人と「マザー」の出会いまで遡る



そもそも2人は、研究チームを構成していた先進国での遺伝子操作の研究に限界を感じていた


2人にとって非常に邪魔だったのが、遺伝子操作の研究について回る「生命倫理観」である


「遺伝子操作」とは、つまり「神の領域」に足を踏み入れるという事そのものであり、ノーベル賞受賞後、2人がその先さらに進もうとすると自然に眼前に現れる「それ」は、思いの外大きい壁となる

「それ」は先進国家の「生命倫理観」から大きく外れており、とても公に許される研究ではないからだ






「それ」こそが、異種間交配生命「キメラ」






具体的に、物理的に目に見える形で研究出来る内容ではない為、2人は頭の中に創造した架空の研究室で実験を繰り返す

ノーベル賞受賞チームである2人の研究室には、最先端の科学技術によって作られた最高の機器が所狭しと詰め込まれ、どんな研究であろうが可能に思えた、が
ただただ、研究室内で、ぼーーーーーーーーーーーっと座っている2人
そのように回りの人間の目には映っていたであろうが、事2人の頭の中では、膨大な研究が常に行われ、恐ろしい量の実験結果が蓄積されて行く
こうして2人は「頭の中で」新しい生命の誕生への、かなり具体的な研究を確立しつつあった




研究者は、いつだって「証明」したい

やれるのに、やれない

出来るのに、許されない






そこに現れたのが「ライオン」

その使者「ペーター」







ペーターはにこやかに、表情豊かに語りかける
「今のその研究施設で、どんなに複雑な研究を行えるかは存じ上げませんが、お二方は既に『その域』を超えてしまったのではありませんか?我々には、その思いが痛い程分かります。我々の国には、お二方の研究の邪魔をする概念…生命倫理など存在もしません。どうぞ、人体実験でも何でも…」





2人がその「ある国」の研究機関からの使者の言葉に眼を輝かせてしまったのは、若さ故か、研究者故か、仕方のない事であった


絶対に許されない人体実験も、必要になる時が来るかもしれない…それが…許されるのか…








そして2人は、秘密裏に行っていた「頭の中の研究室」での研究報告を提出


ペーターはその研究報告と、自国の目指している「兵器の開発」が完全に一致している事に驚愕







「お二方の研究報告…驚愕…としか…「新しい生命の創造」…そのプランまで、かなり完成された域に到達されている…」

『しかし、それはまだ机上の空論です。実際に実験装置で物理的に、科学的に証明しなければ、何の意味も持たない』

「トリシュ!違う!邪魔臭い倫理観に縛られた考えでは、俺達は「この箱」の中から出る事は出来ないんだ!」

『いや、それは分かるよ。でも、今のラボで私達には一定の権力が与えられていて、全ての実験施設の使用を許可されている。ラボで新しい発見が出来れば、飛躍的に研究が進む事は間違いが無い』

「薬学医療が常識だった時代、外科医は悪魔だった。人の身体を切り刻み、病巣を摘出する事は、悪そのモノだった。もう、時代は新しい世界への扉を開けて、俺達を待ってるんだよ!」

『いや、分かる、分かるんだよ、ただ…』

「うん、言いたい事、分かるよ」

『「……………」』






無理矢理に造られた引きつる笑顔でペーターは、2人の無言の圧力に屈した
「………………………………分かりました」






本来ならば、ライオンへの所属を「確約」しなければ絶対に通す事の無い、研究機関

ペーターは、その「ライオン」の下見を2人に許可


















2人は空を飛び海を越える


























「トリシュ…コレは…」

『…』

「トリシュ?」

『!…あ、すまん』





あまりにも…あまりにも巨大な研究機関「ライオン」


驚愕する2人






『こ、これは…』

「ヤバいね…」

『ヤバいとか…ヤバくないとかじゃないね』

「ね…」

『テーマパークじゃん、これ』

「いや、この無機質な建物群にワクワクが止まらないのは、科学者だけだと思うよ(笑」












ゆっくりと開く門の中から、案内役「ペーター」が、にこやかな笑顔で2人を迎え入れる



「少し格好を付け過ぎた入り口で恥ずかしい限りです…どうぞ本日は、我が国最高の研究施設ライオンを、存分に御見学下さい」


色白で美しく整えられた爪先の光る手が、2人に向く


固く握手を交わしたペーターに連れられ、施設の概要、説明を聞きながら足を進める








それは、本当に、驚きばかりであった







信じられないレベルの研究装置


信じられないレベルの遺伝子工学的知見










「どうですか?我々「ライオン」は?」











ペーターの言葉は、驚愕に次ぐ驚愕に襲われる2人の耳に届かない


「どうですか?我々「ライオン」は?」
















5回目くらいで、ようやくトリシュが反応



『す、凄すぎますよ…こんなレベルの研究施設を、国レベルで動かしているなんて…』


「そこまで言われてしまうと…」


『いや、本当に凄い…』


「ここまで手の内を見せた甲斐がありました」


『手の内所か…』



たまらずにウチヒサ「内臓まで見えた…」



「内臓…?」

首を傾げるペーター















「世紀の天才」2人は、心から驚いた

「ライオン」の、そのあまりにも「低い研究レベル」に




いや「世紀の天才」でなくとも、それなりに一定の水準に到達している人間であれば、誰でも明らかに「オカシイ」と感じるレベルの研究施設、実験装置

ライオンに所属しているであろう研究者達が使用している実験装置は、そのほとんどが10年くらい前に「当時最先端」であった物であり、現在の実験レベルで使用するとなると、簡単な研究結果を証明をするのにかなりの時間を掛けなければならない

日本の諺に「10年ひと昔」というのがあるが、今では「3年ひと昔」と言われている
それ程までに、現在は時間の流れ、時代の流れは早い

この研究施設は、まるで過去にタイムスリップした様な世界だ







ウチヒサ…ココは何か、オカシイ…

…んーーー、なんだろね














2人の様子を不思議そうに見ているペーター


ウチヒサの前に立っているトリシュが、自分達2人に向かい合って少し先にいるペーターに苦笑いで首を右に傾げた










ペーターは、そのトリシュを見て、にこやかに左に首を傾げた


首を傾げた事により、ペーターの胸ポケットから万年筆が落ちる













後ろから観ていたウチヒサは「ペーターの一連の動作」に、明らかにオカシい点が一つある事に気付く

そして、ペーターは落ちた万年筆を、今、まだ拾っていない
これも、本来あり得ない












オカシい点が一つならば見逃していた

しかし、点が二つあれば、点と点は線になる










落とした万年筆を、極めてゆっくりと拾おうとするペーターより先に万年筆を拾ったのはトリシュ


トリシュが右手で拾い、右手で渡した万年筆を、左手で受け取るペーター
















トリシュ、ウチヒサ、共に「確信」

















「ほぉ…我々を「試して」いたのですか…」


『機密施設の見学まで許されたのに、この上なんで、こんな試され方されなきゃなんないんだ?…』






ペーターはにこやかに笑う






「さすがは世紀の天才のお二方、合格です」






























………ウチヒサ…我々は…何に「合格」したのであろうか?

…んーーー、なんだろね