バカを言うな。同じ釣り人ならば分かるであろう。新しい場所で試しに投げてるのなら、1時間、長くて2時間もやってりゃ場所を変えるだろうよ。毎夜毎夜ずーーーっと座ってんだ、何かが釣れるんだろうよ…















毎夜共に釣りに出掛ける、誠仲の良い釣り人二人あり



二人の出会いは、特筆するようなモノではない


ただ、いつも見かける釣り人がいるなぁ…あやつは何を狙い、何を使って釣りをしているのだろうか?という、まぁ、釣り人ならば良くある興味心から声を掛け合ったのが始まり



「よおよお、お声がけ致す。初顔合わせではない主の釣りに興味があってな」


与一は、いつも見る釣り人に話しかける


前々から与一を気にしていた鈴太郎は嬉しかった


『よおよお!お声がけありがたい!私も主の釣りに興味があってな!』


与一は、それまで伝統であった餌釣り専門。鈴太郎は、当時流行り始めていた疑似餌を専門とする釣り人

釣りのスタイルは違えども、それまでお互い釣り仲間もおらず、1人孤独に釣りをしていた故、2人の仲はすぐに親友とまで呼べるモノになる

特に、2人に共通した点は「産まれ付き身体が弱かった」という事「それ故に漁師になる夢が叶わなかった」という共通する挫折の記憶が、より2人の絆を強く結んだ



毎夜毎夜、暗い暗い海で独りしていた釣り


それが、ああ、今はどうであろう?


「隣に友がいる」それだけで、あんなにも暗く寂しかった海が、こんなにも美しく輝くモノなのか…







2人が、夜釣りばかりしていたのにも訳がある

釣りなど、晴天の空の下、真っ青な海を眺めながらすれば爽快そのモノであるのだから、真昼間からやりゃあ良い
しかしこの物語の時代…いや、今の時代でもそうではあるが、良い歳した男が毎日毎日釣りばかりやっていれば、それは特異な目で見られてしまう


この時代は現代と比べ、その風潮が、より強かった


男はがっつり身体使って仕事して、夜は豪快に酒と飯を喰らう、それが男の生き方であり、たまに朝っぱらから釣りなどしていると「おや?今日は風情のある事してるねぇ!」などと言われるのが、いわゆる、粋だ


この物語の舞台は、とある城下町


大変大きな発展途上にある城下町で、インフラ整備の為に仕事など本当にいくらでもどこにでもあった

日雇いの超高給公共事業の需要がゴロゴロ転がっていて、誰もが1日働けば3日は贅沢の出来る時代
「身体が資本」「宵越しの金は持たねぇ」何て言葉が生まれた時代





そんな時代に仕事もせずに…正しくは、仕事が出来なかったのだが、そんな者は特異な目に晒される

現代のSNSよりも遥かに強い力「村の者の目何より強い」時代なので、仕事も出来ずに毎日釣りなどとんでもない事。村人になにを言われるか分からない


だから2人は、皆が寝静まった夜でしか、釣りなど出来なかったのである


しかし2人も、ちゃんと生きている


生きているって事は、食べているって事に他ならない



金がないのに食べている。仕事出来ずに食べている

そう。2人は、とても釣りが上手かったのだ

与一には、足の悪い父親が1人

鈴太郎には、身体の弱い母親と、弟が1人


それでも、2人共家族が飢えない程度の釣果を上げ、食い切れない魚を売って得た金で家畜を買い、山で野草を摘み、貧しいながらも何とか生きていた

鈴太郎の母親は、安い宿屋で飯盛り女として働いていた

飯盛り女と言うと、今でいう所の風俗嬢

簡単に言うと



鈴太郎「母さぁーん、ごめん、俺働けないからさぁ、風俗で働いて来てよ!それで弟の薬とか何とかなるでしょ?」

母『まぁまぁ、そうだねぇ…私の身体もまだ売れるし、食い物はあんたが持って来てくれるからねぇ…そうするかい』

鈴太郎「さすが母さん!あざーーーっす!!!」




的な




鈴太郎死ね




いや、いやいや、所がどっこいそーーでもない


当時日本の風俗文化は世界一であり、飯盛り女など普通の仕事の範疇を少しだけ越えたくらい。それ程特別な事ではない
遊郭に売られる少女となると話は別だが、身体を売る女性は多かった




故、2人共それ程不幸という生活ではなく、まぁ、今で言う、かなりの貧乏人という感じの生活




もちろん、与一も鈴太郎もそれを良しとはしていない

当時城下町では「和算」という「まんま数学」が大流行しており、昼間物凄く暇であった為に与一も鈴太郎も和算にはハマりにハマった


なぜ釣り人が「数学」?と思うかもしれないが、実はこれ当然


当時、釣で何が最も重要か、となると「糸」である

竿や仕掛けは誰もが創意工夫して作るが「糸」だけは、植物の繊維か「絹糸」である

これが驚く程高価で希少


釣り糸の始まりの頃、その殆どは植物の繊維で作られていた。しかし、そこに革命を起こしたのが「カイコ蛾」の繭から作られた繊維「絹糸」である
強度もさる事ながら、水に浸けた時の透明度が植物のそれとは比べ物にならない
しかし、あまりに高価で希少
そこで、さらに大きな革命を起こしたのが、より安価である「ヤママユ蛾」の繭から作られた繊維「天蚕糸(テンサンシ)」
この「ヤママユ蛾」の事を「テグスサン」と呼んでいた事から、今でも「天蚕糸(テンサンシ)」の次の時代を担った歴史的釣り糸ナイロンラインの事を「テグス」と呼ぶ様になる
と言うのは、随分と先の話

つまり、どうしても釣果に繋がる糸には金を使わざるをえなかったのだ

そこで必要なのが「数学」である

「どれくらいの太さのテンサンシを何本編めば、どれくらいの魚を安全に上げる事が出来るのか?」


ネットで調べたら、ナイロン4号なら16ポンドか!かなり大きなの上げられるね!(*´∀`)ノ何ていう、生易しい世界ではない
全て自分で計算し、少ないテンサンシを編み込み糸を作らねばならないのだ


しかも、そのテンサンシ編み込み糸の計算方法がまた途轍もなく難しい
まず、テンサンシA一本の太さをaとする。もう一本のテンサンシBの太さをbとする
テンサンシはナイロンラインと違い全て太さが違うので、aとbとの太さを比べる所から始まる
太さを比べ、そのテンサンシがどれくらいの強度を持つのかを、髪の毛一本の強度を1として計算を始める








……


………


あれ?

これ、また話それてね?


ここは釣り番組であり、糸番組ではありません
糸の強度の調べ方など知りたいのなら、日本工業規格JIS基準でも調べていれば良いのです


話を元に戻します








故、2人共それ程不幸という生活ではなく、まぁ、今で言う、かなりの貧乏人という感じの生活



2人は出逢い。2人の見る世界は、とても明るく輝いた

しかし、現実は変わりはしない



楽しい釣りが終わって帰るのは、立つ事の出来ない父親1人の待つ、隙間風吹く小さな家

楽しい釣りが終わって帰るのは、今この時にも知らない男に抱かれているのであろう、姿無き母親の影。そして何も知らずに眠っている弟の静かな寝息聞こえる長屋





2人には釣果などよりも、もっと強烈に求めているモノがあった







しかしそれは、願っても努力しても金を出しても手に出来るモノではない








それが2人の現実

そんな現実を、それでも生きて行かねばならない





今宵も、そんな思いを心のどこかに宿しながら

それでも、笑い合い

それでも楽しみ

それでも海は美しく

2人は2人だけの、この悲しい世界に、ほんの一瞬の輝きを味わう

それだけで、良かった






















気味の悪い程に輝く月の夜







「さぁ、今夜は、もうこの辺りで終いとするか」

『うむ、そうだな。また明日もあるのじゃ。毎夜楽しみがあるというのは誠幸せじゃ!』

「ワシ達は親友じゃ!」

『何より得難い存在よ!ワシはお前に救われた』

「何を言うか、ワシもお前に救われた!」





帰り道、眺める海は輝く月に照らされて、まるで向こうの世界に繋がっているかの様







そんな海にそって続く堤防に、ひとり、釣り人がある








いつも帰りがけに通る真っ暗な堤防。そこだけは山の影になり今宵の月明かりも届かない
そんな場所に、毎夜同じ釣り人が座っている








「あやつ、何を狙っているのだろうなぁ」

『はてな、何であろうかね。まぁ、釣っている所も見た事がない。ただの下手の横好きであろうよ』

「バカを言うな。同じ釣り人ならば分かるであろう。新しい場所で試しに投げてるのなら、1時間、長くて2時間もやってりゃ場所を変えるだろうよ。毎夜毎夜ずーーーっと座ってんだ、何かが釣れるんだろうよ」

『一理ある』

「もしくはあそこで、忘れられない程の何かを釣った、とか」

『じゃあ、聞いてみるか?』

「そうだな!しかし今夜はもう遅い。明日の夜にでも聞いてみよう」

『賛成だ』

「では明日も、楽しみにしているぞ!」

『おやすみ!』






































そうして別れたその晩が、本当ならば、2人の運命を分けられた最期のチャンスだったのかもしれない




















翌日の夜、いつもの場所で釣りをする与一


「鈴太郎め、遅いな…どうしたのだろうか…」








……


………




しばらく待っていたが鈴太郎は現れない

水面に映る月が美しく輝いている

水面の月が美しい円を描き、その円が殆ど崩れない程の凪


「今宵は釣れそうもないなぁ…」



まだ鈴太郎が居なかった、あの、たった独りで釣りをしていた夜を思い出す




「たった独りで…か…」




同時に、もう一人、たった独りで釣りをしている釣り人の事を思い出した



「そうだ。そうだそうだ。あの堤防の釣り人、今宵もやっているのだろうか?……鈴太郎は、もう今宵は来ないであろう…あの釣り人に、話でもかけに行ってみるか…」










山の影の真っ暗な堤防。その釣り人は今宵も、居た









「よおよお、お声掛け致す。毎夜毎夜釣りに励んでおられるな」

与一の声を聞き、まるで与一が今夜ここに来る事を知っていたかの様に微笑む青年

与一は、何となく、胸の内を見透かされた様な気になった

『…誠水面の月が美しく輝く夜だ。今夜は釣りになりませんな』

ココから月は山に隠れて見えない。水面は漆黒に染まり、輝く月など写っていない

「お、おう、そうであるな…故に暇での…釣りが出来ねば釣り人などする事がない」

『だから、前から気になっていた私に声をかけに来た』






率直に、気持ちが悪い奴だ、そう感じる返答





「まぁ、当たりじゃ…しかし、アレじゃの、邪魔をしてしまったかな。すまなかった。これにてお暇するよ」

『私が何を狙っているのか、聞きに来たのではないのですか?』




何だ?こいつ?

青年の横には、バカみたいに大きいタコ仕掛け…熊の手と形容すれば分かりやすい、そんな仕掛けが数個程転がっている



『ああ、いや…その…分かるんですよ。真っ暗な堤防で毎夜毎夜、独りポッチで釣りなどしていると、遠くで誰かが、私を気にして見ているなぁ…とか』

「なる程…まぁ、分かる感覚だ」

『気持ち悪い奴だ、とか、思わないで下さい…』

「いや、いやいや、そんな事は全く…」


少し話をしてみれば、少しだけ不思議な青年だと分かった
危険はないだろう



「いやしかし、いつもここにいるから気になってな」



青年の横にある熊の手の様な仕掛け。そしてそこに結ばれている豚の脂身
聞くまでも無く、大蛸狙い

しかし…この辺りはかなりの浅瀬で大蛸狙いなど聞いた事がない



「ワシは餌釣り一本でな」
「やはり釣りは餌よ」
「餌も色々と試した」
「肉が効くのは、やはり蛸であろう」
「鹿肉、猪、色々試したが、蛸は豚の脂身が最高だ」



与一の一方的な下らない話で少しずつ打ち解け合う内に、青年の口から、この物語の核心が姿を現わす


『いえ…ですから、蛸狙いではないのですよ』

「ほう!その仕掛けで蛸ではない?」

『はい…しかし…「決して釣れないモノ」…釣れてはいけないモノ…』

「バカを言うな。同じ釣り人ならばすぐに分かる。新しい場所で試しに投げてるのなら、1時間、長くて2時間もやってりゃ場所を変えるだろうよ。毎夜毎夜ずーーーっと座ってんだ、何かが釣れるんだろうよ」







青年はニコリと笑う







『人魚です』







「?」







『人魚、です』




































翌日の夜、鈴太郎はいつもの様に与一の元に現れた

『昨日はどーーにも弟の具合が悪くて、すんませんでした』

「おう!来るも来ないも自由じゃい!弟さん大丈夫かいな?」

『軽い咳があったので少し心配で、それだけです。大丈夫ですよ!弟の為にも今夜は大漁と行きたいモノですな!』

「おうよ!」



その晩もそこそこ釣れて、満足の行く結果。2人共もう帰ろうとなった時、鈴太郎は思い出す


『そうだ!帰り道の堤防のあの釣り人!今夜話しかけてみましょうよ!』

「ああ…あいつか…アレはな、ダメだ」

『?』

「昨日な、お前が来なかったので、早めに竿をしまって奴に話しかけに行ったよ」

『ほう』

「ありゃダメだ、頭がオカシイ」

『??どうオカシイ?』

「んーーー、話すのもバカらしい…関わると厄介に巻き込まれる部類の奴だ」

『厄介に…なる程、そっちの道の人か』

「いや、ちーと違うが、それよりヤバいかもしれん」

『おおっ…怖い怖い…』






それからしばらく、日は登りやがて夜になり、月が登ってはまた朝が来て、当たり前の日々は過ぎて行く


そんな日々の中、いつの間にか、帰り道の堤防の釣り人の姿を見る事もなくなった
人魚など釣れる訳はない。当たり前だ




















とある日、与一が、月一回無料で開かれる和算の寺子屋に出向く途中、町中で人だかりが出来ていた


「事件事件!事件だよ!!!この人相書きの男!早く探しておくれ皆の衆!!こいつぁ人間じゃぁねぇよ!悪魔だ!悪魔悪魔!なんたってぇ、死罪で首斬られても役人ぶん殴って逃げたんだ!」



ばら撒かれる人相書き



与一の足元に舞い落ちる幾百の内の一枚




与一の顔色が、変わる



人相書きをばら撒く読み売りの元に走る与一



「よおよお、読み売り!ここまで堂々と瓦版などばら撒く辺り、役人も目をつぶって許しているな?事は大事と取る!ワシは…この男を知っている!」


この時の与一の様なひやかしの輩は沢山いる…しかし…コヤツ…
読み売り屋の顔色も変わる


『すぐに奉行所に向かい、話を頼む!読み売り屋の源太郎からの紹介だと言ってくれ!この件の話を聞いてくれる方とすぐに会える!』

「あい分かった!」



走ってすぐの奉行所に向かい門番に事を使えると、門番はすぐに与一を通す

ここで待つように。と指定された場所で待っていると、すぐに男が現れた



「私は辰平と申す。お前さん、名は?」

『名は与一と申す。あの人相書きの男の話を聞きたい』

「?話を聞きたい?あの男の居場所を知っているのではないのか?」

『居場所は知らん。知らんが、話を交わした事がある』



辰平はそれまでの切り詰めた顔から、一瞬落胆した様な顔になった



「まぁ…良い。ついて参れ」



奉行所の奥の奥…ここならば、叫ぼうがどうしようが外には決して声が届かぬだろうな…と感じる部屋に案内された



「して?取り敢えずはお前さんの話を聞かせてもらおう」

『時は随分と前だ…ワシの家には暦表がない故、具体的に何月何日かと問われると難しいのだが…………』



あの晩、あの堤防で、あの人相書きの男と話た事、あの男のしていた事、何時頃だったか、どこの堤防か…などなど話ている内に、最初こそ与一の話を事細かに筆で書き記していた辰平はいつの間にか頬杖をつく


『で、ですな、その男が釣ろうとしていたモノが、誠摩訶不思議な…』

「もう良い」

『?』

「お前さんの話に嘘偽りがない事は十分に分かった。ありがとう。感謝するよ」

『それは有り難い事であるが…』

「いやな、ここまで話させてしまいすまなかった。そこまでの話は、もうこちらも十分に承知しておるのだ」

『?』

「おそらくだが、お前さんが奴と話たその日、それからしばらくして、お前さんの言った、まさにあの堤防で、奴を捕まえたのよ」

『???』

「いや、そりゃ混乱するわな。すまないすまない。ではココからは、お前さんの質問に答えられる限り答えよう」

『???』

「あの男の『話を聞きたい』と言ったのはお前さんだぞ?」

『あいなる程、ココまで、ワシは話をしてばかりであったな。そうだ。奴の事を聞きたいのじゃ。堤防で捕まったと申したが、何故に捕まったのだ?』

「墓荒らしの罪だ」

『???…は、墓荒らし?』

「???……な、何だ与一。お前、あの男の事件を知って来たのではないのか?」

『全く知らん。墓荒らし?』




手を叩いて笑う辰平

「悪い悪い。大きな事件なのでな。だから皆が知っていると決め付けるのは役人の悪い癖だ…」










これから始まる辰平の話によって、与一は勿論の事、鈴太郎やその周りの人間の運命が大きく狂い出す













あの一枚の人相書きが、与一の足元に落ちさえしなければ、皆、貧乏ながらもそれなりの、幸せな人生を歩んで行けたのかも知れない


























あの男の名は「墓鬼」という

はかおに?

これより先、与一の返答は省略

そう、「墓鬼」
町に所々有る墓地で、何日かに一つ、墓が荒らされ死体が盗まれるという事件が頻発した
まぁまぁ、金のかかる墓を荒らされて、終いにゃ死体まで持って行かれては故人も偲べなくなっちまう
我々奉行所が動き出した訳だ
墓に張り付いてりゃ犯人は確実に捕まえられるんだから、そこは苦労しなかったよ
んで、ひと月もいらないくらいで墓荒らしの墓鬼は、お前さんの言ったあの堤防で御縄を頂戴よ、御ローププリーズってこっちゃ
んで、捕まえて、動機を聞こうとね、まぁ、優しく殴って聞いたんだが、一向に口を割らねぇ…凄まじく頑丈な奴だった
家らしき場所は前々から尾行してたから勿論割れた。そこにあったのは13人半の死体…しかしね、これが妙で、死体と言うか…遺骨だ
被害を受けた13件の墓主達は全員土葬だったのに、まるで火葬した遺体みたいに骨しか残ってねぇ…不思議だろ?
奴は自分の名前すら吐かなかった。だから俺達で「墓鬼」と名を付けたんだ
結果、多数の墓荒らしって罪で「100叩きの刑」にしたんだよ
お前さんも、あの刑の残虐さは知っておろう?
尻を、生竹を割ったヤツで思いっ切りぶん殴る
10発もすりゃ激痛で気を失って、その度水かけて殴って起こして、また尻を叩く
尻の肉は破けて破裂して、100発終わった頃には死んでる奴もいっぱいいるわなぁ


だがな、奴は、100発終わった後、すくっと立って、お辞儀して、身なりを整えて歩いて処刑場から出て行きやがった


お前さんは知らんのだろうが、この事が大ニュースよ大ニュース
奴は本物の「鬼」だと町で大騒ぎになったんだ
テレビのある時代だったら、ニュース速報でテロップ物だぞ?分かるだろ?
ネットのある時代だったら、間違いなくツイッターで拡散されまりレベルよ


しかしまぁ、それでも刑は執行された訳で、俺達はもう何も出来ない
んで、次の話だ



『ま、待て待て!あまりの情報量に狼狽を禁じ得ない…テレビ?ネット?ツイッターとは何であるのか?』


だから、与一の返答は省略すると記したであろう



んで、次の話だ



鬼ってのは、どーゆー頭してんだろうな?
100叩き受けた後も墓鬼は、墓荒らしをやめなかったんだよ

度重なる悪行だ。そろそろ拷問の上打ち首に…と、俺達が話ている時に、ついにやりやがった

墓鬼は、本物の鬼になっちまった

人を殺したんだ

殺した上に、その遺体の肉を削って、4寸程の塊にまとめてたんだよ

現場で奴を押さえた岡っ引きの数人は、そのあまりの凄惨な光景に岡っ引きを辞めたよ




で、墓鬼は無事、拷問の上打ち首に決定

首が飛んでさようなら




で、終わればお前さんは、今ココに居ない
この事件は、ここから






















墓鬼は、本物の「鬼」だったんだ























拷問でボロボロにした後、首切り処刑場に連れて行き、荒縄でこれでもかと縛り上げて、さぁ!打ち首だ!
見物客の数もそりゃあ凄い


で、だ


で、だよ?



思い切り振り下ろした刀が、墓鬼の首に入る




ガチン!とね、今でも耳に残ってるよ



刀が首に半分入って、骨に当たったあの音を



その瞬間、墓鬼は耳をつん裂く金切り声を上げて、荒縄をブチ切って処刑人ブン殴って走って逃げやがった…



俺達も恥ずかしながら、あまりの恐怖で動けなかったよ



で、今に至るって訳だ




首半分切れてんだ。生きてる訳はないが、奴の死体も見付からないし、目撃情報もほとんど無い
気味が悪くて仕方ないし、こっちの面目丸潰れだ





































話を聞き終えた与一は「ある事を確信」


自分の発した


バカを言うな。同じ釣り人ならば分かるであろう。新しい場所で試しに投げてるのなら、1時間、長くて2時間もやってりゃ場所を変えるだろうよ。毎夜毎夜ずーーーっと座ってんだ、何かが釣れるんだろうよ

というあの言葉が、何度も何度も頭の中でループする




ここまでで与一もかなり質問はしているが、その辺りをいちいち書いていては本当に小説になってしまうので割愛


しかし、さらに先へと続くこの物語の要、そこに触れた与一の質問と辰平の返答だけは記しておかなければなるまい




『待て、待て待て、待っておくれよ。被害受けた墓は13件と言ったな。しかし、墓鬼の家から見付かった遺骨は、13人半…半とは?』

「あーーー、上半身しか無かったそうだ」

『いや、上半身が有れば、14人であろうが』

「さっきから随分としつこいなお前は。ちょいと待っておれ、聞いて来てやる」

『御免』

「おう、聞いて来たぞ。何でも、人間とも牛とも豚とも呼べぬ様相で?でーーー、墓主に聞いても、随分前に、もう1人、その墓に埋めた死人がいるかも分からん、との供述を得た為…だそうだ」

『奉行所にしちゃ随分といい加減だな』

「あのなーーー、いくら寺請制度が出来たからって、その前の死人まで調べられる訳無かろうが!お前だって寺請証文受けてんのか怪しい所だぞ!」

『あいや、それを言われてはたまらん』

「今だって山奥の村人なんか、寺請証文受けてない奴ばっかりだ。恥ずかしい話ではあるが、その辺りは奉行所でも追いついていないのが現状よ」






ここで与一は「確証」を見出す





聡明な読者の皆様ならば、もうお分かりであろう





バカを言うな。同じ釣り人ならば分かるであろう。新しい場所で試しに投げてるのなら、1時間、長くて2時間もやってりゃ場所を変えるだろうよ。毎夜毎夜ずーーーっと座ってんだ、何かが釣れるんだろうよ





上半身のみの、何の生物かも分からない、それでも奉行所は「遺骨」とみなした。故に「13人半」





与一の頭の中では、八百比丘尼の話が思い出される





墓鬼が何を狙って堤防に居たのか?辰平はそこまで聞かずに話を始めたのだから分からぬのも無理は無い





間違いない「墓鬼は、人魚を釣り上げた」

そして、先の話「首を半分切られても逃げた」墓鬼

与一は「墓鬼は人魚を上げ、喰い、永遠なる肉体を得たのだ」と確信

ついでに、ここまでの辰平の話から「人魚の餌。安全な餌の調達方法」を把握





























ついに与一は「足を踏み入れてはいけない」領域に到達してしまう






























生まれつき弱かった身体



いつもいつも、皆が羨ましかった



どんなに頑張っても、叶う事の無い夢












叶う

かも、知れない




















































「おう、鈴太郎!どうした?」

『いや、与一さんよ、最近ココばかりですな』

「そりゃそうよ。ここはな、夢が釣れるかもしれない場所なんだよ!」

『?夢?』

「そーーよ!夢だよ!夢!」

『???何だい?そりゃ』

「まぁ、その内教えてやるよ!」

『???…楽しみにしとりますが……前に、いつもここで独り釣りしてた人、最近全く見ませんなぁ』

「あーーーー、何かあったんじゃないか?」

『何か?』

「何があったかは全く知らぬがな」

『何だいそりゃ(笑』

「まぁ、皆色々あるだろうて」

『しかし、それにしたって全く釣れておらんではないか!(笑』

「夢じゃ!夢!」

『それでは、喰って行けんですよ』

「子の夢の為だと、親父も許してくれている」

『たまには、前の場所にも来てくれんと!独りでやってると、やっぱ寂しいですわ』

「……そうか…そうだなぁ…すまんなぁ」

『夢ってーのは良いとして。実際何も釣れないのに、前に居た釣り人もそうだけど、何でココでやっておる?』

「バカを言うな。同じ釣り人ならば分かるであろう。新しい場所で試しに投げてるのなら、1時間、長くて2時間もやってりゃ場所を変えるだろうよ。毎夜毎夜ずーーーっと座ってんだ、何かが釣れるんだろうよ」

『それに…何だ?その、バカデカイ蛸仕掛け』








「釣れてはいけない、釣れる筈のない、何かが、釣れるかもしれないんだよ」








『何だよそれ(笑)餌は…豚の脂身か?間違いなく蛸狙いじゃないか』









「違う。蛸じゃない」











『???こんなデカイ、熊の手みたいな仕掛け…何を狙っとる?豚の脂身でないなら、何なのだ?』















「人魚だ」








『?』













「人魚、だ」










『おい…気は確かか?』













月の見えない海で、月光が与一を照らす




















「餌はな…秘密だ…」