【少年の夏休み】
ミーンミンミンミンミン・・・
ミーンミンミンミンミン・・・
7時6分。
ラジオ体操が終わり、自宅に帰る。
朝ごはんを食べた矢先に、遊びにいく算段をつけて、母親が「宿題をまずしなさい!」という前に、そそくさと虫取り網とカブトムシの入った虫かごを持って家を出る。
友達と合流して、自慢のクワガタを見せ合って。
虫相撲をして大興奮。
畑のプラムを一つ拝借。
そんな時も、虫取り網は役に立つ。
プラムを齧りながら向かう先は近場の川辺。
釣りをしたり、ガサガサをし水遊び。
ガサガサをして網に何か入ってるかと覗き込む瞬間のドキドキ感がたまらない。
お昼時になれば、一旦家に帰って、冷たい素麺に、冷えたサイダー。
そして、今度は何をする?と、グダグダになりながらも、そんななんでもない時間がまた心地良かったりもする。
まるで、同じ道を何度も通るオニヤンマの様に同じサイクルの毎日。
夕方になり、ヒグラシが私達とのお別れを惜しむかのように鳴いている。
「また明日な!」そう言って、友達に手を振った。
夕食後、父親に連れられてカブトムシを取に行く。
外灯の下にひっくりかえっているカブトムシを見つけると大興奮。
カブトムシが入った虫かごを大事そうに抱えたまま、疲れて帰り道は寝てしまう。
こうして大満足の一日が終わる。
そして、次の日・・・
眠い目をこすりながら、カブトムシの虫かごを自慢げに持ってラジオ体操にいくのだ。
夏休みが終わらなければいいのに・・・何度思った事だろう・・・
大好きな爺ちゃんと、自転車に乗って近くの田んぼ道で生物を探した事や、婆ちゃんが作る味噌オニギリが美味しくて、お昼ご飯が楽しみだったこと。
夏休みになると田舎に従弟たちが遊びに来るのが楽しみで、プールに行ったり、一緒に虫取りしたりした。
みんなで行ったお祭りはとても楽しかった。
夏が暑かった・・・太陽が大きかった。
そんな夏が・・・大好きだった。
しかし、それは全て・・・遠い昔の話。
・・・
「クソッ!また残業か! なんで俺ばっかりこんな想いをしなくちゃならないんだ! もういい加減仕事やめてやるよ・・・」
「まぁ~しかたねぇよ。 気晴らしに飲みにでも行こうぜ。」
「そんな金ねぇっての・・・」
「お前、毎日コンビニ弁当食ってるから金なくなるんじゃね?」
「余計なお世話だよ・・・ クソォ・・・」
・・・
・・・
蒸し暑い夜。
ため息をつきながら職場から帰る時だった。
ドーン
ドンドン
遠い空から微かに聞こえる火薬のはじけた音・・・
「花火だ・・・ もうそんな季節か。 暑いわけだ。」
疲れきった心。
丸まった背中。
右手には、夢も詰まらないビジネスバッグ。
「もう夏なんだな・・・」そう呟いて、遠い夜空に、少年だった頃の思い出を重ねあわせた。
少年の頃の自分が、とても楽しそうにしている様子が浮かんでくる。
・・・
・・・
戻りたい・・・
あの頃に戻りたい・・・
日々の生活に疲れてしまい、何も見えなくなっていたが、ふと夏を感じさせる花火の音と共に、胸の奥にあった少年時代の思い出が溢れ出した。
思い出の中の幼い私は、とてもやんちゃで生意気だ。
あの頃の私が、今の私を見たら・・・どう思うのだろう。
ふと、そんな事を考えていた。
何故だか、言葉が無くなった。
募る想い・・・
子供の頃の自分に恥じない自分になりたい・・・
私は、次の休みに意を決して川辺に出向いた。
やる事はたくさんあった。
遊んでいる場合じゃない事は知っていた。
でも、それでも行った。
大人の本気見せてやる!
ビジネスバッグを網に持ち替え、水浸しになってガサガサをしてみた。
網の中を覗くと・・・
捕れてる!
やったぁ!
どうだみたか!
悲しみや苦労に埋もれてしまった幼いころの記憶と心が、甦ったような気がした。
私はその後、しばらく水に浸かり、涼しげな木陰で心穏やかな時間を過ごし、ラムネをゴクリと飲みながら、今年の夏に想いを馳せた。
時代が変わっても・・・
いかに時が流れようとも、自分がそこに戻りたいと思えば、戻れるものなのかもしれない。
もうすぐ夏休みの季節。
皆も思い出してほしい。
少年の夏休み
【少年の夏休み】
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