「違う、そうじゃない」

『いやーー、分からん…全く分からんて』

「それは波じゃ〜て。声でなく、ただの波の音じゃ」

『タロウ、おんしは全く不思議な事が分かるのだな。この村に、おんしの話が分かる人間はおらん』

「うーーーむ…潮の声を聞けば良いだけなのに、やはり、誰も分からんかな…」






京の都から続く東海道沿いにある、小さく貧しい漁村

そこに、タロウという男がいた





漁師と海女の両親の間に産まれたタロウは、赤子の頃から海に連れ出され、毎日毎日海と心を共にしている内「海の声」が理解出来るようになった

「海の声」は「人間の声」とは違い、直接心に響いて来る
故にタロウは、親の話す言葉、つまり日本語よりも先に「海の声」を覚えてしまった程

タロウ曰く「潮騒に心踊る人間であれば、理解出来る筈だ」

我々が海を眺め、浜辺で潮騒に「何かを感じる」時
美しい海に見とれてしまう時
本当は我々も「海の声」を心で聞いているのかもしれない





話を、貧しい漁村に戻そう




多くの漁師がいる漁村で、タロウは若くして船頭を任される程の漁の腕

「潮の声」が分かるタロウには、どんな漁師も敵う筈は有りもしない


村では有名な若者であった


そんなタロウが船頭である漁船には、村の漁師の誰もが乗りたがる
魚を沢山上げる船に乗れば、それ即ち収入であるのだから当たり前

しかしタロウはその申し出を断り、いつも、決まった3人だけで漁に出た


タロウの親の「文一(ぶんいち)」と「茂助(もすけ)」
それにタロウ本人を加えた3人である


文一は親であり、タロウに漁を教えた師匠なのだから当たり前として、漁師達が一同に首を傾げたのは「茂助」の存在

茂助は大変にノロマな男で、何をするにも人の倍は時間のかかる阿呆であった

船から網を上げる際、網に身体を持って行かれて船から落ちて溺れてしまい、タロウに助けられた事は数えればキリがない


漁師達はそれを見る度に、あんなノロマな亀の様な男を何故に船に乗せるのか不思議でならない







ノロマな亀の茂助を船にのせる理由は勿論あるのだ


茂助が落ちれば、助けに行くタロウの命に関わる、が、だ











茂助は「波を読む」








波と波、その間に吹く風の音、地形、その他、茂助にしか到底理解出来ない「何か」で、茂助は見事なまでに「次に来る波」を知る事が出来た





コレばかりはタロウにも出来ない




タロウには、忘れられない茂助との話がある

前に茂助が船から落ちて、タロウが助けた時の話




「ああ、また助けられた。いつもごめんなぁタロウ…」

『一つ…提案がある…このままでは、いつか本当に命を落とすかも知れん……………船を…降りるか?』

「…………そうかぁ…そうだなぁ…タロウ。俺を助けるお前にも、危険がつきまとう…そうだなぁ…」

『すまんな………………』

「タロウ。お前は潮の声を聞くそうだが、潮の唄を、聴いた事はあるか?」

『唄?唄か…白潮様は、歌い踊る…が…それは波とは全く違う』

「タロウ、お前は声が分かっても、唄を知らんぞ。潮騒は唄ぞ」

茂助は続ける

「潮は声を上げるのであろう?では、潮の上にあるのは何か?それは波ぞ、それは唄ぞ」

茂助は続ける

「ノロマな亀はなぜ、泳ぎが魚程上手くないに、魚の渡れぬ大きな海を渡れるか?それはな、唄を、波を、知るからだ」

茂助は続ける

「波には、温冷がある」

茂助は続ける

「温かい波、冷たい波、その間を滑る様に泳ぐのだ。亀は、誠見事に泳いで見せるぞ」


タロウは笑いながら言う
『しかし、おんしは溺れるではないか』


「例え話だよ。亀は神様の遣いよ。俺はただの人間だ」


茂助はニッコリと笑う













タロウは即座に理解出来た

茂助は、意識して潮を理解出来てはいないが「白潮」を分かっている
しかも、自分より遥かに深く

青潮や赤潮と違い、複雑過ぎて自分にも良くは分からない「白潮」を、見事に理解し、利用出来ている





この男は、自分の船に居なければならない

命を賭しても、護るべき男だ

この時よりタロウは、何があっても茂助を助ける事を誓う





「茂助。おんし、羨ましいなぁ。波の唄が聴こえるなどとは」

『潮の声も、聴いてみたいものぞ』

「白潮様は分かる。が、波は複雑で分からぬ。潮の声だけぞ」

『お前の言う、白潮様や青潮様、赤潮様は分からぬがな』

「そこまで分かったら、それは潮神様の遣いじゃ」

『潮神様には、なれんかったなぁ…』

「何を申すか、茂助。二人なら、潮神様になれるかもしれんぞ?」

『?』

「明日も漁じゃ!お前無しで漁に出るなど、やはり考えられんよ」

『……………タロウ…ありがとうな……俺もいつか、タロウに何かあった時は、必ず助けに行くぞ』


小汚いタロウの家で話した、この日の話を、タロウは生涯忘れなかった

そしてそれは、茂助も同じだったのであろう










点と点、運命と運命、それらは繋がり合い、未来へと物語を進める





















だから






タロウは出会ったのかも、しれない











浜辺で、足元の蛤を拾っては投げ、拾っては投げて遊ぶ娘と







































海にほど近い、ある山の中の村で、双子が産声を上げる


何と可愛い双子の女の子であろうか


両親は大変喜んだ


当時、村では「産まれた子の名」は、村長が名付けるのが恒例であった

しかし両親は、村長の名付けにどうにも得心行かなかった
ネーミングセンスが無さ過ぎる村長だったのだ


どれくらいネーミングセンスが無かったのかと問われれば

一度赤子の顔を見て「ふむ…その息子…将来にて、この国の言葉を誠上手く扱う人間となりそうじゃ…『松』と名付ける」

と言う意味の分からなさである
しかし、さらに酷い事が起きた

またもや産まれたばかりの赤子の顔を見て「おおっ!こ、こやつは逸材ぞ!!!あの『松』を超える人材となり得よう!!!『一太郎』と名付ける!!!」

と言う意味の分からなさである


しかしその後、この『松』と『一太郎』は、この国の言葉を操る者として、国からも一目置かれる存在となり、歴史に残る壮絶な戦いを起こす事になる


その事から考えれば、かなりネーミングセンスのあった村長と言える…が、やはりこの物語の時代には、逆にあまりにもセンスがあり過ぎたのだ


え?『松』と『一太郎』の戦など聞いた事がない?
「一太郎の変」とか学校で習ってない?
元ネタが分からない?

『一太郎』でググれカス!

あのねぇ、ココはねぇ、釣り番組なんですよ
こんな長ったらしい話を読んでくれる方は、そこそこ頑張ってIT時代に追い付いて来た方々が大変多いんですよ

そこでね、ブルゾンちえみをネタにしても「は?」って言われちゃうんですよ

だから、仕方なく「一太郎」とかいうネタを書くんですよ

え?じゃあ、もう読むのやめた?


待て、待て待て、いや、待って下さい、お願いだから


あのーーーー、えーーーー、まず、「一太郎」でググって下さい、で、Wiki読んで下さい。分かりますから
で、その話を上司に、さも「一太郎分かりますよー!」って感じで話してあげて下さい
絶対上司は乗ってくるので。それで上司釣れますので
いや、本当に
上司との飲み会で「一太郎の変」とか言ったら絶対ウケますから、約束しますから
ウケなかったら、全ての責任は編集部が負いますので、苦情はそっちにお願いします



あ、また話がそれましたね

大変失礼しました




話をキチンと戻します
































海にほど近い、ある山の中の村で、双子が産声を上げる


何と可愛い双子の女の子であろうか


両親は大変喜んだ


当時、村では「産まれた子の名」は、村長が名付けるのが恒例であった

しかし両親は、村長の名付けにどうにも得心行かなかった


こんなにも可愛らしく愛らしい娘



甲乙付け難い



そこで両親は、双子の娘に「甲」と「乙」と名付けた



「コウ」

「オツウ」



そう呼ばれる双子は大変に仲が良く、いつもいつも二人で遊んだ




山の新緑の「緑」

山から眺める眼下に広がる海の「青」




同じ「あお」でも、事、双子は、海の「青」が大好きだった




特にコウは、何かに取り憑かれた様に海を愛する

オツウには分からない「なにか」を、コウは海から感じ取っていた



甲、と、乙

優、と、劣



名には魂が宿る

両親は「甲乙付け難し」と考え、そう名付けたが、それが仇になってしまったのであろう

















オツウには、分からなかった

その日の夜、コウの身に何が起きるか






















「ねぇ、オツウ?」

『なぁに?』

「海の青って、本当に綺麗」

『うん』

「この声も、良いよね」

『うん』

「青様はずーっと見ていて、たまに赤様が来ると白様と逃げて」

『うん』

「波の唄はいつも、この世界に響いてる」

『うん』

「ねぇ、オツウ、何で魚が暗闇でも、餌を探せるか知ってる?」

『?知らない』

「海に蛤を投げると、波紋が広がるでしょう?」

『うん』

「その波紋は、私達の眼に見えなくなっても、ずっとずっとずーっと、海に広がって行くんだって」

『うん』

「その波紋、波を受けて感じて、魚は餌を見付けるんだって」

『うん』

「この海はね、波紋に満ちていて、波紋から出来ていて、それが波になって、辿り着くのが波打ち際なの」

『うん』

「だから、波打ち際は、死と生の境なんだって」

『どーゆー事?難しくて分かんないよ』

「前に潮様に教えてもらったんだけど、海は、この世界の歴史を記憶するモノなんだって」

『なにそれ?』

「この世界がどうなっても、美しいモノや、優れたモノ、醜いモノや、劣ったモノ、全ての存在は、波打ち際で消え、波打ち際から産まれるの」

『?』

「この世界に『命』が産まれた時からの『全て』は、波紋となって残り、今も遠くの海の奥深くで、記憶され続けてる」

『何を言ってるの?』

「私達、この世界に産まれて、今日で9年と169日なの」

『?』

「この世界の『答え』の日なの」

『答えの日?』

「天使に成りたいのではなくて、海に戻りたいの」

『言ってる事が分からないよ…』

「ねぇ、オツウ、今夜。おっとうとおっかあが寝たら、ここで落ち合おう」

『怒られちゃうよ…』

「怒られないよ。大丈夫。おっとうとおっかあが来れない世界に行くの」














その晩、両親が寝た頃、コウはソロソロと家を出る






そっ、と起き上がり、コウを追いかけるオツウ







「オツウーーー!!おいで!!!」





波打ち際で、そう自分を呼ぶコウは








もう、「人」ではなかった









青く輝く、コウ







ピカピカ、ピカピカ

真っ暗な海の、波打ち際で、光るコウ












オツウには、コウが、青潮様に見えた

足元から少しずつ、海に溶けて行く、コウ





































それは、夢だったのかもしれない

目の前で泣く両親を見ていても、そうとしか思えなかった















双子の姉である、コウ、は、オツウの前から、両親の前から、姿を消した























それから時はずいぶんと過ぎ、オツウはいつもの様に波打ち際で蛤を投げていた


白潮様が楽しげに遊ぶ様は、見ていると自分もとても楽しい








向こうから来る男が、目を丸くして自分を見ている…

なんだろう?






違う…男が見ているのは自分ではない…









自分が投げる蛤と、その先の白潮様だ…







まさか、この男、白潮様が分かるのか?



オツウはワザと「波」と「白潮様」の境の判断が難しい所に蛤を投げる


男はさらに目を丸くして、明らかに驚いている








この男は…









男は近付いて来て、自分に問うた



「娘よ。蛤はとても美味しいぞ?何故に投げてしまう?」

『だって、あんなに潮が喜ぶのだもの、投げてあげないと可哀想じゃない』


男は、誠嬉しそうに笑う





オツウは確信した

そして、男も確信した





二人は、他の誰にも分からない「世界」を「共有」出来る、と


「娘。名は何と申す?」

『オツウ。あなたは?』

「タロウだ」



オツウには「あの日」から、共に海を分かり合える者がいなかった



そうして二人は、愛し合う仲となった






































「タロウ!前のより少し大きい船も買えたし、毎日毎日大漁旗だ!3人じゃコレより大きくは出来なかろう!オツウを乗せようよ!」

『ダメだ!アレは海に出して良い人間ではない!』

「なんでだよーーー?潮の声?も、オツウは分かるんだろ?百人力じゃねーーか!」

『ダメなモノはダメだ!アレは、港で船の管理をしてくれりゃそれで良いんだ』

「ふーーーーむ…」

『茂助、タロウにも何か考えがあるんだろうよ』

「にしたって文いっつぁん、勿体が無いよ。もっともっと大きな船に出来るよ?」

『何だってそうだ、必要以上に求める事はない。必要以上に求めれば、それは失う事と同じなのだ』

「ふーーーーん…」














その頃、タロウの漁の腕は、自身の村から遠く離れた町や漁村にまで響き渡る噂にまでなっていた














ある日、いつもの様に漁に出ようと準備をしていると、見慣れぬ集団が近付いて来る


「おう!おうよ!そこの漁師!」

『なんぞ!?』

「お主が、タロウか!?」



良い着物、装飾品…大名様の遣いか…



『そうだ!わしがタロウだ!大名様の遣いが、何か用でござんすか!』

「取り敢えずは、船から下りて来ーーい!」

『今から漁だ!断る!』

「大名様からのお伝えがある!従わねば罰があるぞ!」






ついに来たか…

タロウはホトホト嫌気が指していた

漁の腕が噂になっているのは知っていた、故にあまり大きな話にならないよう、わざと小さな船で続けていたのに…
大漁になればなる程、年貢は多くなる

大名様も、年々多くなる普請の上に、度重なる参勤交代で藩の財布は火の車であるのは明らか






「いかにも、わしがタロウじゃ。して、お伝えとは?」


嫌々船を下りて来たタロウ


『ふん、漁師とはこんな者だ。全く…大名様は何故にこんな者に…』


「して!お伝えが有ると聞いて船を下りた!早々に伝え帰れ!」









『お前に「名字」を名乗る事を大名様が許した!』











「は?( ゚д゚)」


『そして、藩からお前へ船を買う!理想の船を申し出ろ』


「は?( ゚д゚)」



タロウだけでない。「は?( ゚д゚)」となったのは

その場に居合わせた全ての者











タロウやオツウが生きるこの時代は、幕府の政策で、武士、公家以外では原則として名字(苗字)を名乗ることが許されていなかった

しかしタロウは、類い稀な漁の腕を認められ、他の漁師との区別をつける為に、名字を付ける事が許されたのだ






「( ゚д゚)」





一瞬の沈黙






最初に声を上げたのは、茂助






「い、いいい、いやいやいや!凄いじゃねーーか!タロウ!こりゃ今日は祭りだ!!漁に出てる場合じゃない!」

『茂助!!!冷静になれ!!!確かに光栄な事ではある!だが納得出来かねる!』






大名の遣いの中から、また一つ頭抜けて高そうな着物の男がタロウに微笑みかける





「うむ。その話を、これからしよう…しかし、大切な話よ。立ち話ではなんだというもの。店を用意してある。ついてきてくれ」






この小さな村に、料亭などは無い





タロウ達3人は、近くの茶屋に招かれた









「さあ、タロウ。話をしよう」







どっしりと座り、威厳だか風格だか、とかく、そんなモノの塊の様な男は、壮大な話を繰り広げた


この話を事細かに書いて、その時のタロウの思考や、茂助のハシャギっぷり、文一の嫌な顔を全て書いていては、本当にこの記事が小説になってしまう、ので割愛






簡単に言えば


藩の財政は大変に苦しく、どうにかならんかと思案を巡らしていた時、タロウの噂が聞こえてきた
タロウの漁の腕は既に、一部伝説と化して大名にまで伝わる程
ここは一つ、タロウに大きな権限を与え、タロウの住む漁村とその周りのいくつかの漁村の全てを総べて頂きたい
そして、いつくかの漁村を一つの大きな町として統合し、東海道の途中にある「ただの小さな村」から「漁業で有名な一大漁師町」にしたい
藩も潤う、村は町となり、人々も潤う、経済は大きく成長し活性化する

故に、その長たるタロウには、最も大きな船を用意し、そして名字を名乗ってもらいたい


そんな話



「悪い話では決して無いぞ。一晩ゆっくり考えてくれ。明日、また参る」


そう言うと、遣いの者達は帰って行った




























「オツウ…どう思う?」

『タロウ様、とても光栄な事です。喜んで受けなければなりません』

「…うむ…それは分かる。この小さな村が町となれば、商人も来るであろうし、宿や商店も出来る。医者も来るであろう。海産物の需要は大幅に上がり、わし達漁師も、もう貧困に泣く事はなくなるだろう」

『もう、答えは出ているではないですか』

「うむ…」

『何を…お悩みですか?』

「必要以上のモノを求める事は、失う事と同じ…父上の言葉じゃ…」

『この村には、藩には、必要な事、でございましょう?必要以上ではありませんよ?』

「だが、わしには必要ないのだ。そこがどうにも…」

『タロウ様は人助けをするのです。タロウ様が必要でなくとも、村や藩には必要なのです』

「そうか…」














真っ白な空に朝日が昇る







(この辺りをダラダラダラダラ、情景を交えて表現すると小説になるので割愛)



一種荘厳な衣装を身に纏い、またも小さな村に出向いた大名の遣い達


「タロウ。どうだ?一晩考えてくれたろう?」

『あい分かった。話は呑もう。しかし、一部呑めぬ』

「…うむ」

『わしが長として、村々を総べ、町にする話は呑む。しかし、わしは、大きな船には乗らない』

「理由は?」

『わしだけが大将ではない。それでは町は栄えない。皆が大将として切磋琢磨を繰り返し、それで町は栄えるだろう。わしは長として「漁の方法を教える」だけ。後は勝手に結果は出ますよ。わしの船には、今の3人以上はいらない』






遣い達が、頭を下げるより他無い見事な答えであった





「あい分かった。タロウ。お主、漁の腕も噂通りであるが、我々も学ばねばならぬ程の立派な思想の持ち主であるな。仕事とは言えど、無理な願い、大変すまぬ」

『皆、逆らえぬ、どうにも出来ぬ事の中で生きておる。海で生きていると、実に良く分かる。事、大きな船に乗ってしまうと、小さな潮の声が聞こえなくなる。大きな夜空で星が美しいのは、星が小さいからだ』









タロウには、名字と、約束された権力が与えられた

権力のおかげで、反タロウ派の人間もタロウの言う事を聞くしかなく、しかしそのおかげで、漁村の漁獲量は格段に上がった
数は人を支配する
明らかに上がる漁獲量に、反タロウ派の人間もタロウの教えをすんなりと受け入れてくれる










そして、タロウにあやかろうと、漁師達は皆自分の子供に「タロウ」と名を付ける事は想像に難くない










「タロウ!おーーい!タロウ!あ、名字で呼ばないと駄目?(笑」

『茂助!!!おちょくるのもいい加減にしろ!この船にタロウはわししかおらん!』

「本当に凄いよな!今じゃ、この辺りでタロウと呼べば、子供達は一斉に振り向くぞ!タロウ君ばかりじゃ!」








さすがは大名よ…だから名字が必要なのか…










タロウは、その長たる力で、どんどんと成果を上げて行く
時には寺子屋に招かれ、子供達に漁の方法を教え、毎日朝早くから夜遅くまで、漁に講義に大忙し














オツウはと言うと、毎日港で船の傷や浸水がないかを調べ、タロウだけでなく、沢山の漁師が安全に漁を出来るよう、港の安全を見守る日々


後は以前と同じく、浜に来る白潮と、蛤や石を投げては戯れていた


ある日、オツウはタロウから「漁の安全を見守ってくれるのは大変に有り難いが、あまりに潮様と関わり過ぎている。何かしら、危険があるかもしれない」という注意を受けた

それがどういう意味なのかあまり分からなかったが、心から愛し尊敬するタロウの言葉でもあったし、自分にも、潮様の元へと消えてしまった姉を見た過去があった故、得心



その日も、船の安全を確認した後、たまには海でなく、そこそこ旅人や商人の行き交いが多くなった街道筋のこの町を、散歩でもしてみようと思い立つ






ぷらぷらと足を運んでいると、少し先に、キラリ、と光る物がある












何だろう?白い…板?







拾い上げ、板を眼にした瞬間、オツウは叫んだ

叫び、転んで、尻餅をつく














コウ!?
コウが、中に居る!!!!!!!





息を整え、もう一度板を覗く











コウだ…











この時代、貧しい村で生まれ育った者は「鏡」の存在を知らない
オツウが拾った鏡は、かつては貧しい村であったこの町に来た、行商人が落とした物であろう










オツウの手に有る板の中には、少し大人びた「コウ」が、驚きの表情で居るではないか








コウ!そこで何をしているの!?






オツウが問うても、コウはオツウと同じく、当たり前だが驚きの表情ばかり








オツウはそれでも、コウに再び会えた事が嬉しくて嬉しくて、泣いて泣いて泣いた

当たり前だが、コウも泣いて泣いて泣いている









コウ!!私も同じ…やっと会えたね…

オツウは泣きながら、ニコリと笑う


コウも同じく、泣きながら、ニコリと笑う








オツウは「この板は、常世に通じている」と確信







自分が泣いていては、コウも泣くのだ…自分が笑えば、コウも笑ってくれるのだ…






それからオツウは、その板を、コウを眺めながら、微笑む





オツウは生涯、この不思議な板を大切に持ち、誰にも、愛する旦那のタロウにすら、決して見せる事は無かった






あまりに大切にしているものだから、一度タロウに「その板は何なのだ?」と聞かれた事があるが、オツウはタロウが常世に連れ去られてしまうかもしれないと思い、決して見せる事は無かった
















船の安全を確認した後、たまに海に出ても、もうオツウは、潮様に蛤を投げて遊ぶ事はない

ただただ、目の前のコウの

もう、居なくってしまったコウの

その笑顔を見る事が、幸せだった




































オツウの奴…何をあんなに、あんな板っころを大切に眺めているんだろう?

「タロウ?どうした?」

『あ、いや、父上、少し気になる事があったものでして…』

「聞き捨てならんな。今日の海は荒れておる。なんぞ?潮様の声か?やはり港に戻るか?」

『いやいや、全然別事である。申し訳ない』

「陸の悩みは陸でだけしろ」

『あいや、ごめんごめんよ』




結構な時化だが、どうにも潮が良い故漁に出た3人





「茂助、本当にこれ、大丈夫なんだろうな?」

『うねりは凄いが、波に力はない。さらわれる様な波は来ないよ』

「…ならば良いが…今日はお前がさらわれても助けには行けんからな」

『タロウ!お前は偉くなった!こんくらいで船を出さないってのはダメだて!潮が良いなら大漁旗を掲げないとな!』

「お前の言うには間違いはない!今日も大漁ぞ!」





それからしばらく




「そこそこ上げたぞ!!!酷いうねりだ!もう限界であろう!風がかなり強くなって来た!」











茂助には「タロウの船に乗っている」という責任感と共に、大きな誇りがあった












大波が来るいくつかの条件が揃いつつも、タロウが潮の荒れを口にしていない以上、まだ行けると判断

『タロウ!!!まだ少し猶予はあると思うが!!』


「……こ、この風でか?」

『う……うむ…』


ここで止めたのが文一


やはり、若い二人にだけ任す訳には行かない


「ダメだ!!!!帰港する!!!かなり沖まで流されている!!!」



この判断が、既にかなり遅れていた事に、後々大きく「二人」は後悔する事になる





「全力で漕げ!!!漕げ!漕げ漕げ漕げ漕げ漕げ漕げ漕げ!!」

文一の必死の形相に恐怖する「二人」







「茂助えぇえ!!!漕げ!!!漕ぐんだ!!!」

『タロウ!!!!テメエの手も震えてんじゃねーーか!!!』

「波は来ないのだろう!?ならば!うねりに飲まれる!!!漕げーーー!!!!!」





全身全霊で漕ぐ「二人」




タロウの前で漕いでいた茂助













「あ」













振り向く茂助

『!?どうした茂助!手を止めるな!!!!』

「あーー、ダメだ。タロウ、場所変われ」

『何を言うか!!!!?とかく!!漕げ!』

「良いからな、変われ、場所」

『な、何事ぞ?』

「疲れた。前は疲れる」



意味は分からないが、場所を交代したその時だった



ミヨシで船の進路を決めていた文一が叫ぶ


「まずい!!!この所の風で馬の背になっている!!!」




大きくトモに向けて傾く船




瞬時に、茂助が何故、この事態で場所を変われと言って来たのかを推測したタロウ







『もす…』












タロウが振り向く先










トモに居る筈の茂助は




















もう、消えていた





















『茂助!!!茂助えぇええぇええぇぇ!!!!!』







「タロウ!!!!トモが傾く程の波にのまれたのだ!!!!諦めろ!!!!!」






手に、力が入らない





『も、茂助?茂助?茂助?』







「タロウ!!!!漕げ!!!!泣いて漕げ!!!!」











































浜に着き、濡れた髪がなびく程の風の中









「二人」は悔いた














茂助の遺体は、終ぞ上がる事は無かった


「二人」は、悔いて悔いて悔いた


何があっても、助けると約束したのに

何があっても、助けると約束したのに














































オツウ。わしは、何を間違ったのだろうか

いいえ、タロウ様。タロウ様は間違いませんでしたよ

では何故に、茂助は波にのまれた?

運命です。茂助さまは、波が分かりました。波が分かる人間は、波に連れて行かれるのです





















では、わし等は、潮様に連れて行かれるのかなぁ…



それで、良いのではありませんか?

















そうか…そうかも知れん…












































それからしばらくした頃

タロウの住む町は台風に襲われる



「オツウ!台風だ!!!台風が来るぞ!!船上げに行くぞ!!!!」

『はいな!!!!』



「オツウ!!!お前はあっちの船を頼む!!!あそこまで波を被っていると、潮の声が分かる人間しか上げられん!!!」


一瞬、不安な顔をするオツウ


「どうした?オツウ?」

『…いえ…』



上陸した台風

大嵐の中



遠くに見えるオツウが、船を上げている…














なん…ぞ…?

アレは…あの青潮様はなんぞ?



アレは「海に在る」青潮様の声ではない


オツウの足元に、まるで生き物の様相を呈し近付く青潮様の動き

聞いた事のない、声
































「オツウーーーー!!!!!足元に!………ーーーー!!!!!…あっ…」




ピカピカと、美しく輝く青い潮が、オツウをさらう































その光景を見た者達は、後に声を揃えて言う


「アレは、神様が、オツウを連れて行ったよ」


タロウも、そう感じた







































タロウは嵐の中で、これまでに見た事もない様な輝きを見せる青潮を全身に浴びながら
「青潮の新しい感情」を感じた

海は、潮は、個々に喜怒哀楽を持つ訳ではない

赤潮は「怒」

青潮は「哀」

そして白潮は「喜楽」を司る

青潮の「哀」は「愛」になっていたのだ





































ピカピカと、美しく輝く青い潮が、オツウをさらう












































タロウはその時、見た、のだ


オツウの懐から少しだけ顔をのぞかせた、あの板


その板の中に、オツウが居た


あの、美しい海の様に笑う、オツウが居た
































































では、わし等は、潮様に連れて行かれるのかなぁ…




それで、良いのではありませんか?














































オツウの遺体も茂助と同じく、終ぞ上がる事は無かった































































時は流れ

浜に1人の男がいた


「あの日から、青潮様も白潮様も見ない…代わりに、空が青に輝き出した。空の中で楽しそうに浮かぶ白い物は、まるで白潮様のようだ…オツウも、あの空にいるのだろうか…」


タロウはあの日から、毎日毎日海を眺めては、青潮や白潮、そして、オツウを探していた


「特に最近は赤潮様が酷いでな…コレでは青潮様も白潮様も出ては来られんだろう…しかし、ここ最近の赤潮様の声はいったい何であろうか…まるで、あの日オツウをさらった青潮様のような声じゃ…恐ろしや恐ろしや…」




タロウはオツウの亡骸を探し、当てもなく、ただただ、ただただ、浜を歩く



「今日もダメか…オツウ…オツウ…お前はどこに居るのだ?オツウ…オツウ…」



もう空が黒くなろうという時、それは、世界に広がる




今はもう見えない、あの素晴らしい青潮様の青に染まった様な空が



赤く赤く、赤潮様の様に輝く





それが夕焼けの、はじまりの日









































では、わし等は、潮様に連れて行かれるのかなぁ…




それで、良いのではありませんか?











































その晩の事


タロウが眠っていると、夢現、聞こえて来る潮騒の中に、時折、懐かしい声が聞こえる





この声は…








青潮…様…?





白潮…様?









今日は特に酷い赤潮だった…赤潮様がいる時は青潮様も白潮様も出て来ない、そんな筈はない…








ゆっくりと起き上がり、のそのそと小屋の戸を開けたタロウの眼に、信じられない光景が広がる







赤潮様にのる白潮様の中で、あの頃の様に美しく輝く、青潮様…


決して、相見える事をしなかった3つの潮が一つになり、それはそれは美しい海が広がる




































輝く海の波打ち際に、誰かいる































茂助………茂助…か?









久し振りだな、タロウ




















波打ち際で、そう自分を呼ぶ茂助は



もう、「人」ではなかった














青く輝く、茂助




ピカピカ、ピカピカ

真っ暗な海の、波打ち際で、光る茂助



タロウには、茂助が、青潮様に見えた

足元から少しずつ、海に溶けて行く、茂助
























茂助……本当にすまなかった……あの日わしは、おんしを助けてやれなかった
おんしだけでない…オツウも…



タロウ、それは違う。俺はお前に、何度も何度も何度も何度も助けられたよ
お前の船に乗れる事が、ノロマな亀と呼ばれた俺にとって、どれ程の誇りだったか
あの日の最期は、仕方なかったんだ。波が俺を、迎えに来たから
そして、オツウの事も同じ
アレは、潮様が迎えに来たのだ















………茂助…もうわしは…どうにも出来ん…















輝く海の波打ち際で、茂助はにっこりと笑う






















タロウ、この町も随分と栄えた
全てはお前のおかげ何だよ


否!わしは、そんな立派な人間ではない!


何を言うかタロウ。お前は大名様から名字を頂いた、誠立派な男だ
小さな村だったあの頃では、考えられない程大きくなったこの町でも、名字を名乗れる人間など、片手で数える程しかおらん
お前が、あの村をここまで大きくしたのだ












タロウの眼から、ポロポロと涙が零れ落ちる















茂助…茂助…



タロウ、この波打ち際の向こうに行こう























タロウの流す涙が、色を帯びる


ピカピカ、ピカピカと輝く、青潮の青


その涙は頬を伝い、頬もまた、輝き出す


頬から広がるその光は、タロウの全身を輝かせる





















タロウよ、オツウが、待っているよ


オツウは、はじまりの前の世界で、ずーっとお前を待っているよ


オツウは、タロウが還って来る場所で待ってる
大きな神様に造ってもらった、大きな城で、オツウは、姫様になったんだ















オツウが姫君に?

















そう。姫様だ。姫様になって、ずーっとお前を待っているよ

















オツウが、わしを待っている…?






















さあ、行こう



浦島太郎



助けた亀に連れられて



竜宮城へ




乙姫様が、待っている