平成28年5月8日
大池和宏は数名の同行者と共にトカラ列島に行くため指宿の山川港にいた。

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トカラ列島は鹿児島県屋久島と奄美大島の間に位置し、7つの有人島(口之島、中之島、諏訪之瀬島、平島、悪石島、宝島、小宝島)といくつかの無人島からなる島々であり、50kgを超えるカンパチや磯マグロ、GT(浪人鯵)クエなど大物釣り師としては一度は訪れてみたい夢の島である。

当然一行もモンスターフィッシュを釣り上げるべくタックルや仕掛けを用意している。
50kgのカンパチか?
70kgのマグロか?
何処にでもいる釣り人らしく、まだ見ぬ大物への期待を語り合いながら一行の頭の中は既に大海原へと向かっている。

山川港からトカラ列島口ノ島付近まで約7時間をかけ釣り場へ到着。
急いでモンスターを仕留めるべく準備を開始した。
ロッドはシマノ オシアプラッガーS86M
リールはシマノ ツインパワーSW14000
PE6号、リーダー170lb
どんな大物が来ても耐えれるように準備は怠らない。

早朝5時半巨大カンパチを釣りあげるべく釣りを開始。
350g、400gとメタルジグを使い分け様々なレンジを探るが大型カンパチは食ってこない。
時折コツンとしたバイトはあるものの、50kgオーバーの巨大カンパチの当たりとは程遠く中々トカラの海を攻略する事が出来ない。
さらに激流のように激しい潮の流れが2枚潮になっており早々にメタルジグによる釣りに見切りをつける判断を下す。

今日は大物は釣れないのか・・・・
そんな思いが頭をよぎる。

ふと、周りを見渡すとカツオの大きな群れが辺り一面に広がっており、時折カツオが釣れるものの狙っているモンスターとは言えないサイズである。
大池はカツオの群れの活性を見て、大型の魚も活性が上がっているであろう事を感じ取り、ルアーではなくムロアジの泳がせ釣りを開始した。

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ムロアジの鼻に針をかけ、表層のカツオに食われないように仕掛けを操作し徐々に棚を探っていく。
ラインの感覚、ムロアジの動きに神経を集中させその時を待つ。
海面の魚の動き、潮の動き、これまでに経験した数多くの魚との駆け引きなどから、この海に確実に大物がいるであろう事は予感していた。
案の定餌のムロアジが一定のタナで逃げ回るように暴れだす!

来たか!?

ここで焦っては大物を逃してしまうのでムロアジを反応のあるタナに留め大物を誘う。
緊張感は最高潮である。
釣り人であれば誰もが経験したことがあるであろう大物との闘いの予感。

来る!

確実に食ってくる!
予感から確信に変わる瞬間である。

次の瞬間!突然ドラグが走り出す!!!

ジィィィィ!

ジジィィィィィッ!!

きつめに設定しておいたドラグをものともせず、ラインを一気に持っていく!!!
焦る気持ちを抑えながら冷静にタイミングを見計らい、目一杯竿を煽りフッキング!!

何かがおかしい。

ラインのテンションが一気になくなる。
バラシたか・・・・・
しかし大物を逃して項垂れる時間はなかった。
ラインテンションがなくなったと感じた直後、一気にラインを持っていかれる!
フックアウトしたのではない!
トカラのモンスターはこちらに向かって泳いでいたのだ!

ドクンッ!

と音がしたように感じた。
ロッドからでもリールからでもなく自分の中からである。
凄まじい力のモンスターと対峙した興奮と不安による自分の心臓の音である。


掛けたそのモンスターのパワーは凄まじく、素早く反転すると150mほど一気にラインを持っていく!
高い音を立ててドラグが鳴り続ける!
この時間は釣り人にとって至福の時間であるが、同時に最も興奮、焦り、不安様々な思いが交錯する時間である。

化学は進歩したとはいえ、直径10センチにも満たない細い棒っ切れと糸と使い、明らかに自分よりも大きな相手と戦うのだ。
釣りという事柄に関しては道具の進歩はあれど、基本的な事は何百年も前から変わっていない。
まさに人間と魚との戦いである。
大池は今まさにその戦いの真っ只中であり、未だかつて経験した事のないモンスターと対峙しているのである。


しかし魚は釣り人の思いなど汲みとってはくれない。
激しく抵抗する魚に無情にも止めど無く出されるライン。
この時ばかりはどうすることもできない。

切れてくれるなよ!

ある意味神頼み的な思いで両手でロッドを持ち反撃のチャンスを伺う。

モンスターの攻撃に耐える大池の目に遠くで暴れ跳ねる巨大魚の姿が映った!!

1339827388_1のコピー カジキだ!!!
特大の芭蕉カジキだ!!
間違いない!


逃してなるものかと気合を入れる反面、体は緊張と興奮でガチガチである。
ちらりと見えた魚体、ロッドから伝わってくるパワー、まさにモンスターである。
いくらトカラ列島といえども、そうそう現れる相手ではない。
この期を逃すと次はいつ会えるか分からない相手に必死で戦いを挑む!

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この日のタックルはキャスティング用で糸巻き量が300mある。
なんとか主導権を握りたいのだが、相手は巨大な芭蕉梶木である。
パワーもスピードも並大抵のレベルではない。
リールを巻くどころか巨大梶木はどんどんラインを持っていく。
このままでは糸を全て出されてしまいラインブレイクで敗北してしまう。

どうすればこの相手に勝てるのか・・・

大池の様子を見ていた船長は状況を察し、船をモンスターの方向へ進行させサポートをする。
ただ直線的に進行させるのではなく、船長も数々の大物と対峙してきた百戦錬磨の猛者である。
絶妙に方向、速度を調整しながら巨大梶木の自由を奪うように船をコントロールする。

助かった・・・ほんの一瞬だが心の中で安堵感と油断が生まれてしまう。
数値に表すとほんの何グラムであろう。
その僅かなテンションの緩みを巨大梶木は逃さない。
ここぞとばかりに体を反転させ、思いっきりジャンプをし、なんとか針を外そうと暴れる。
巨大梶木がジャンプするたびに、まるで大池を睨みつけ「釣り人なんかに負けてたまるか」と唸っているように見える。

長い魚体が横に向いてしまうと、梶木自身のパワーと水の抵抗も重なって凄まじい重さを感じる。
とうていリールを巻けるような状態ではない。
何度も体ごと海に持って行かれようとするが、仲間が大池の腰をガッチリと掴みそれを阻止する。
固定している竿でのやり取りではなく、竿を一本両手に持った男が大海原のモンスターと対峙しているのである!

梶木が跳ね暴れた直後に全力でラインを巻き取る。
巻きとった距離だけ、またラインを出される。
何度同じやり取りを重ねたであろうか。
「この日の為にジムでトレーニングを重ねてきてよかった。」
そんな事を思いながら巨大梶木との戦いはすでに1時間を超えている。

「絶対に獲ってやる!」

「小さい小さい人間ごときに獲られてたまるか!」

巨大梶木も大池も、互いの体力は既に限界に近い。
両腕は疲労のあまり痙攣を起こし始めている。
それでも巨大梶木は諦めようとはしない。

どれだけの時をかけてこの相手と戦っただろうか。
何度同じやり取りを繰り返しただろうか。
両者の間には、もはや時間という概念は消え去っていた。

釣りという「遊び」に、魚という「ターゲット」にこれ程までに真剣に向き合った事がかつてあったであろうか。
時間を超えた生き物と生き物との真っ向勝負。
お互いに負けるわけにはいかないという意地と意地とのぶつかり合い。

勝負はすでに大池が制したかのように思えた。
だが巨大梶木もすんなりと諦めてくれるような相手ではない。
最後の力を振り絞り、小さい人間と細い糸から逃れようと必死の抵抗を見せる。
だが、そこには1時間前に見せた船がひっくり返るような力強さはなく、十数メートル程ラインを出された程度である。

ようやく終わった。

永遠にも一瞬にも思えたトカラ列島の巨大梶木との戦い。
大池の前には映画に出てくるワンシーンのような光景が広がっていた。
猛々しい背びれ。
宝石のように青く美しい体。
小さい人間を睨めつける鋭い眼光。
刺されるとただでは済まないであろうことが容易に想像できる鋭い角。

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巨大梶木のそれらは全てが美しく、力強く神々しい。
まさに夢にまで見た光景が目の前に広がっているのである。
大池は無意識のうちの雄叫びを上げていた。
それは共に戦ってくれた仲間も船長も同様であった。

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釣り人の夢である大物との勝負。

これはトカラ列島だから出来た勝負ではない。
トカラ列島に行けば必ずこんな勝負ができるとは限らない。
釣り人が知識、知恵、力を出し尽くした結果である。
そもそも釣りのジャンルによって、大物の定義は大きく変わってくる。

船から釣る尺アジと陸っぱりから釣つ尺アジの難易度は段違いである。
イトウ、尾長グレ、オオカミ(シマアジ)それぞれの釣り方にそれぞれの面白みがある。
一人一人の釣り人に、一つ一つの夢がある。

魚がいる限り釣り人の夢は終わらない。