違うんだ、違うんだよ、なーちゃん

前にね、横須賀に釣りに行った時に、隣で釣ってた奴が本当に凄かったんだ
まるで「視えているかの様に」釣る奴がいたんだ
知ってると思うけど、俺、その頃全然釣れなくてさ、正直、釣りが嫌いになりそうだったんだ

そいつ、外人だったんだけど、横須賀って海軍基地あるじゃん?だから、もしかして話出来るかな?って話しかけたんだ

そしたら

くれたんだ

コレを…

「覚釣剤」は知ってたよ
でも、まさかその粉が覚釣剤だとは思わなかったんだ

その場で使い方を教えてもらって、使ってみた

そしたらさ

本当に凄いんだよ!

まるで夜空に輝く星々の様に、海中に泳ぐ魚が視えるんだよ!!!

魚の口先から、流れるように光る海流線
流星かと見紛う様な美しい光の先にワームを落とすと




その「星」は、竿を曲げるんだ!




もう、魚何ていないんじゃないか?って疑心暗鬼になっていた俺の竿が、曲がったんだ!!!

だから
だから
だから

許してくれ

その瞬間に、分かったんだ

俺は「コレ」があれば

魚の気持ちになれるんだ

だって

「魚の気持ちにならないとつれない」

から








〜つり〜

それからしばらく、私は彼と距離を置いた
毎日のように尺レベルのメバルやランカーシーバスの画像が送られて来たけれど、とても返信する気にはならない
それでも、どうしても、私は彼を見捨てる事は出来なかった
大好きな人だったから
尊敬していたから
立ち直る、と、信じていたから

しばらくするとLINEも来なくなり、そのまま数ヶ月の時が流れる

そして、静かに、最期の釣行が訪れるのです





「久し振り!!!元気にしてますか?俺はもう、アレは止めたよ。もう大丈夫だよ。だから頼む。やっぱお前と釣りに行きたいんだ。返事待ってる」

久し振りの、大和さんからのLINE…

凄く、凄く嬉しかったけれど…やはり疑ってしまう
本当に薬を止めたのだろうか…

いや、やめよう、疑うのは止めよう。それに、共に釣りをすれば、それはすぐに分かる事だろう

そうして私は彼との釣行を決めた






「なーちゃん!久し振りだね!!!」
『はい!お久し振りです!私がどれだけこの時を待ち望んだか!(((o(*゚▽゚*)o)))』
「本当に申し訳なかった。どうかしてたよ俺は…でも、生まれ変わった俺を見てほしくてさ!今日は釣りまくろうぜ!!Σd(-`ω´-〃)」
『もちろんですっ!!(*´∀`)ノ』
「しかしアレだね、珍しいね。なーちゃんがカワハギ釣りたい何て。いつもシーバスかメバルじゃん」
『シーバスもメバルも、大和さんのお家芸じゃないですか!だからたまにはカワハギ辺りで、本物の実力ってのを見せて頂きたい!』
「任せろい!Σd(-`ω´-〃)」






しばらく釣りをしていながら彼の動向をチェックしていましたが、やはり、覚釣剤を使っている様子はありません…

ああ、本当に良かった…彼は本当に、薬から抜け出したのだ…

大和さん…おかえりなさい!!!
(((o(*゚▽゚*)o)))

私は心の中で、そう叫んだ

その後は本当に楽しく、久し振りの大好きな方との釣りを楽しみ、竿をしまう…






事が出来れば、どれ程幸せだったであろうか…




時合いを狙って釣りに行ったので、最初こそ、お互いそこそこの数を上げる事が出来ましたが、時合いが終わるとさっぱり釣れなくなってしまい、静かな時間が流れます

くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ…

静かな海に、大和さんのガムを噛む音が聞こえます

くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ…

ガムを噛みながら釣りをする釣り人は少なくありません
釣れない時間は持て余すので、タバコを吸ったりガムを噛む方は沢山います

「よっしゃ!ほら来たぁ!Σd(-`ω´-〃)」
『うお!マヂか!!』
「魚の気持ちになれば時合いも関係ない!つれるんだよ〜(^^」
『やっぱ本当上手いですね( ー`_ー)…』

その後も、全く釣れない私を置いて大和さんは上げまくります

でも、大和さんって、ガム噛みながら釣りする人だったかなぁ…




あっ…………




う、嘘だろ…

嘘だろ?

嘘だろ?大和さん…




覚釣剤の事ばかり気にしていたから、アレ、に気付かなかった…

私の中に、急激に広がる不安…

まさか…まさか…




「大和さーーん!大和さん!大和さんって、ガム噛みながら釣りしてましたっけ?私も口淋しいので、ガム下さいよ(^^」

『え?いや、その…』

「ガム、下さいよ」

『いや、ゴメン、今ので最後なんだ。もうガムは無い…んだ』

「あら、それは残念(´・ω・`)」

『ゴメンね(^^;;』

「いや、全然全然(^^じゃあ、もう、ガムは、無いんですね?」

『うん(^^』




ゴメンね、大和さん…こうしなきゃ、もうダメだよ…

本当にゴメンね…大和さん…でも、大和さんが好きだから…






1時間も経つと、あれだけ上げていた大和さんの竿が、全くしならなくなる

しならなくなる代わりに、大和さんの竿先が震え出しました

覚釣剤特有の禁断症状

「竿先の震え」




「な、なーちゃん、ゴメ、ちょっとガム買って来るわ!」




『了解です!!!

じゃあ…

ガム買って来たら

私にも、そのガム

下さい、ね』




「っ!?え?」




『大和さん…やっぱり、止められてなかったんですね…』

「なーちゃん…」

『出して下さい…ポッケに入ってる、それ』

「なーちゃん…」

『さっきから噛んでるそれ』






「脱法ワーム」



覚釣剤を吸収させたワームで、その集魚効果は余りにも有名
あまりに凄い集魚効果で一躍有名になりましたが、吸収させたワームをガムの様に口にする事で覚釣剤吸入と同じ効果を人体にもたらす事が判明し禁止されたワーム
しかし、現在はグラスミノーのみが処罰の対象であり、形を変えたワームは「脱法ワーム」として出回り、釣り界の大きな社会問題となっています






「違う!違うんだ!!そんなの知らな…おっ!!!来た!来たよ魚!」




大和さんの、ぐあんと上げた竿の先、その糸には、何も掛かってはいない…

「ほら!!ほらぁーーー!!!20はあるよ!このカワハギ!ね!?」

『釣れていませんよ。大和さん…幻釣です…』

覚釣剤依存者、その末期に視えて来るモノ

幻釣

釣っていないのに、釣れたと脳が錯覚してしまう…

大和さん…




カワハギ釣りはとても繊細で、カワハギ特有の餌の食べ方から、専用の竿を使わないとアタリが分からない

故に、禁断症状で竿先が震えてしまう覚釣剤依存者はカワハギ釣りを好まない

まさかと考えた上での今回の釣行でしたが、そのまさかを越えて、脱法ワームにまで手を出してしまっていたとは…










違う、違うんだよ、なーちゃん…

この前メバルを釣っていたら、リリースしたメバルがテトラに上がって来たんだ…
それでね、言うんだよ

あなたに釣られた私の子供が、怖くて怖くて餌を食べられなくなって、死んだって…

前にもあったんだ!

お腹がプックリのお母さんメバルを釣った時、俺はちゃんとリリースしたんだよ!
でも、そのメバルが「あなたに海面に投げられた時、お腹を強く打って流産した」って…!

なーちゃん
なーちゃん
なーちゃん

助けてくれ

俺は…俺は…気付いたんだ

分かったんだ






本当に魚の気持ちになって釣りをしたら

つれない

釣りなんて残酷な事は、出来ない










幻釣の魚を上げ続ける大和さんは、ずっと呟いていました

「魚の気持ちにならないとつれない」
「魚の気持ちにならないとつれない」
「魚の気持ちにならないとつれない」
「魚の気持ちにならないとつれない」
「魚の気持ちにならないとつれない」






今、彼は、海の無い県に家族で引っ越して、海の視えない森の中で療養をしています

最近彼は

「木の気持ちにならないとつれない」

と言い出し、晴れの日も雨の日も風の日も、森の中で朝から晩まで直立しながら

「木の気持ちにならないとつれない」
「木の気持ちにならないとつれない」
「木の気持ちにならないとつれない」
「木の気持ちにならないとつれない」

と、呟いているそうです






彼が「本当に木の気持ちになれた」時

何を木に、つるのか

私はそれが、楽しみで仕方がないのです

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