「母なる海」



海がそう呼ばれる理由は、生半可なモノではない



たった一滴の海水に一万もの生物が存在し、その一滴の集まりが創り出す「海」は、地球の70%を覆っている


凄まじい数の「命」が、今この瞬間も、一滴の海の中で産まれては消えてを繰り返す






そんな「母なる海」が






なぜ「真っ暗」なのだ?








万物の運動方程式を視る「目」
その力を、少しづつ弱めて行く

「命波」の観測では明らかに必要ではない数式を、意識下から無意識下へと落とす

文章を読む時に、文法的に正しいか?誤植はないか?とチェックして行くのではなく、文章の「流れ」そのモノをテンションとノリで読んで行く様な感覚







あまりにも多くの謎に満ちた「命波」の、その謎の「一つ」の可能性に、ベン.データは辿り着く






















「音」が…「命波」が…

「落ちて」いる?…

























あの日、Pが書いた「音波と電波の二重性」の数式
つまり「命波」の数式
その数式は確かに、これまでに見た事の無い美しさではあったが、それは楚々とした美しさであり、端麗な美かと問われれば、少しばかり「対称性」が足りない印象を受けたのは事実
小学4年生の時に初めて理解したディラック方程式の美しさは、命波の美しさとはまた違った輝きを放っていた事を思い出す
(クソみたいな数学の話が入っていますが「ディラック方程式」や「神の数式」で検索して頂けると、まだ知らない、この世界の美しさを、とても分かりやすく知る事が出来ると思います。暇だったら是非。その素晴らしさについて、ここで書いてしまうと、よもや物語として成り立たなくなるので割愛する事をお許し下さい)

数学において「対称性」とは絶対であり、美しさの根本を成す存在


























「おはようございます!」

部屋の隅っこに鼻を押し付けるPに、毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝海朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝する、一言目の挨拶

それは決して届かない





なので、もう一度…


「お!!は!!よう!!!ござい!!!ます!!!」

『うわ!ビックリした!!!』




うるせぇ!鼻!





『うわ、ごめんごめん、ごめん、気付かなかった(^^』

「いえ、僕の声が小さかったですね(^^」

『んーーー?あれぇーーーーー?先の文章の「毎朝」の連続の中に一言「海朝」が混ざってるねぇ…うん、うんうん、うん…「何か」発見したのぉ?』

読者への冗談として書いたのに何で気付くんだよ!鼻!


「さすがですね。さすがは先生…」


何で分かるんだよ……







「昨夜海を眺めていたら、少し…いや、とてもオカシな現象が「視え」ました」

『うわ。良いね。良い。とても良い…』







「まず一つ、命の温床とも呼べる「母なる海」からは、命波が出ていません…」








………ん?んん?鳴かないの…か?











『おかしいよねぇ…』

「?……はい…」

『続けてぇー』

「?」










なぜ鳴かないのだ?











「は、はい……もう一つは…」

『うん、うんうん…「音」…「命波」が?』

「え?」

『続けてぇーー』










「命波が…」









Pとベン.データ同時に
「『落ちている』」












Σ( ̄□ ̄;)












『う、うわあぁあぁあぁあぁーーーーー!!!!!』



鳴いた!!!いや、そこではない!!!なぜ「視えない」Pが命波が「落ちる」と知っている!?
なぜ「海が真っ暗なのか」に疑問をもたない!?





机の角に鼻を押し付けるP





「な、何故…「落ちる」と…まさか…先生も「視える」のですか?」


この天才ならば、僕の「何か」から、僕の目の謎を解き明かし、自分のモノにしてしまっていても不思議ではない


『んーーーー?もちろん視えないよぉ…なぁんにも…』

「…では…なぜ…」




神々の
海は六つ目
人は四つ目

風は遺し
海は知る

神の民は海を渡り
知の世界を感じるばかり

空知る民は海を超え
足元に広がる空へ船を出す

上は四つ目
下は五つ目
神は六つ目


「先生の民族…星を眺める民…その伝承の「神の民の言葉」…ですか?」

『詳しくは#13参照だねぇ…ベン君、君は「視える世界」と「視えない世界」そのどちらが「広い世界」なのか、考えた事はあるぅ?』


#13参照って…もうメチャクチャだな…
絶対この世界、誰かによって造られてる世界じゃん…決まりじゃん…


「広い世界…それは…「広さの定義」にもよりますが…通常の人間が「視える」のは光が当たる場所だけなので、圧倒的に「視えない世界」の方が「広い世界」だと思います」

『うん、うんうん、うん、良いね、とても良い…ワタシもそう思ってねぇ…ずいぶん前に「視えない世界」へ挑戦したんだよぉ』


「視えない世界への「挑戦」?」


『そうだ。「視えない世界」だ…ワタシの挑戦した「視えない世界」それは「音」の世界…』


「……「音」によって「視る」…エコロケーション…」






うわあぁああぁあぁーーーー!!!






またもや鳴くP…
うーーーーむ…発言についてかなり気を付けないと、先生の鼻が消えて無くなってしまうなコレは…
あ、ほら、また壁に鼻押し付けてるし…







『この世界を人間は「光」で認識するよねぇ?しかし他の生物は「全く違うモノ」で認識している事も多い』

「はい、それはもう、誰でも知っているかと…」

『そうだねぇ…しかし「知る」事と、実際に「やってみる」事は、全く違う「次元」だった…』

「違う「次元」…」



『実際に「エコロケーション」をマスターした時、ワタシの世界は大きく変わったよぉ…
イルカやコウモリは超音波を発受信し、この世界を「音」によって認識する「エコロケーション」を駆使するよねぇ
そして我々人間は「光」によって世界を認識する
「光」は「粒子」と「波」の性質を合わせ持つのだから、当然、波の性質「回折」によって、壁の向こう側が普通に視えても良いはずなんだ
でも実際、壁の向こう側を視る事は不可能だよねぇ
しかし、光では「視えない」筈の世界が「視えてしまう」現象が在る…』





瞬時に「それ」が「蜃気楼」である事は理解したが、それを口に出せば、先生の鼻が危ない…





『んーーーーー!?分からないかなぁ?「蜃気楼」だよぉ…』

っっぶねーーーー…







「ま、まさか!蜃気楼だとは!」

世に言う「忖度」である






『蜃気楼は、基本直進する「光」が、空気の密度によって曲げられてしまう為に起こる…と、されている…が…「エコロケーション」の世界を「視た」時、別な可能性も有り得ると感じたんだよぉ…』

「可能性…これまでに考えられて来た理由以外での蜃気楼の発生…つまり「波」が「落ちる」事によって、蜃気楼は発生する?」







『うわあぁああぁあぁーーーー!!!!!』








Σ( ̄□ ̄;)しまったああぁあぁあぁ!!!!!
鼻が!!!先生の鼻がああぁあぁあ!!!









しかし、Pは静かに座ったまま続ける

なんでやねん!!!Σ( ̄□ ̄;)








『エコロケーション…「光」の回折とは、まるで比べ物にならない「音の回折の嵐」によって存在する「新しい世界」』


「新しい世界…」


『音も光も「波」だ。そして「波」は…』


「落ちる…」



『そうだったんだよ…しかしそれは、観測出来ないレベルの影響…だからワタシは、既存の理解を超えた存在で在る「音波と電波の二重性」に辿り着く事が出来た』

「つまり「命波」の発見…」

『そして君は…君の眼は「波」が「落ちる」事を「視て」しまった…ただのワタシの推測であった現象は、君の「眼」によって証明されてしまったんだ』

「それは全く違います!物理学における証明は「数式」によって証明されなければ何の意味も持ちません!僕が「視えた」だけでは、なんの証明にも成りはしません!」






神々の
海は六つ目
人は四つ目

風は遺し
海は知る

神の民は海を渡り
知の世界を感じるばかり

空知る民は海を超え
足元に広がる空へ船を出す

上は四つ目
下は五つ目
神は六つ目









「んーーーーー!?」

『うわ、ベン君が鳴いた』

「いや、なぜ今ここで、神の民の言葉を…」

『ヒントだよ、ベン君…コレはヒントだ』





な、何が言いたい?P…






『さあ、ベン.データ…海に出てデートでもしようか…』


Σ( ̄□ ̄;)







『しかしデートには、綿密な計画が必要だねぇ…』


Σ( ̄□ ̄;)ガチデートかよ!


「いや、べつに必要無いですよ!今から行きましょう!海に!」





『いや、だから「空気読め」って』

(・・?







『そうだなぁ…うん、うんうん、うん…3日後が良い…』










3日後ですか?…別に構いませんが………
え!?3日後ですか!?
そ、それは…ちょっと…




















「無理」なのでは?